かたすみdeフォト

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県道沿いの観音様、長橋観世音 2

お堂に正対してみます。
その対称性やバランスからでしょうか、正面から見る観音堂には端正な雰囲気が感じられます。
寺社建築には正面から見る美しさ、という要素があるのかも知れません。

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お堂の手前左側にはいくつかの石碑が立てられていました。

下の写真の上3つ、碑面は左から、太神宮、水神、金剛山。
このうち年代を読むことができたのは水神の明治33年(西暦1900年)のみ。
ほかは何か文字は刻まれているのですが、読み取ることができませんでした。

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上の写真の下2つ、碑面は左から中央の馬頭観世音、右は仏の姿のように見えます。
両方とも年代を読み取ることはできませんでしたが、風化の具合からかなり古いもののように思われます。
もともとの完成したての姿を見てみたいものです。

2014.10.26撮影 柴田郡川崎町・長橋観世音

by commonp | 2014-10-30 01:57 | 写真・カメラ

県道沿いの観音様、長橋観世音 1

夕方、宮城県道47号線を仙台から蔵王方面に向けて走っていると、左手に良い感じのお堂を発見。
一度は通り過ぎたものの、やはり気になり戻ってきました。

赤屋根の端正な方形造の建物で、頂点には雨仕舞の露盤と宝珠をのせています。

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鰐口を鳴らしてお参りをします。日も傾いてきました。

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扁額が見当たらず、どのようなお堂か分かりませんでしたが、
側面の軒下に掲げられていた改修工事に関する掲示板には長橋観世音とありました。

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扁額があればなお一層風格が加わるものと思います。

2014.10.26撮影 柴田郡川崎町・長橋観世音

by commonp | 2014-10-28 02:12 | 写真・カメラ

ちょっと立ち寄り、地球岬

9月に苫小牧に帰省した際、室蘭にある地球岬まで足を延ばしてみました。
国道36号からの分岐がよくわからず、室蘭駅近くまで来て、市立病院の脇から入っていきます。
急な坂道で狭かったのですが、幸い対向車もなく無事に岬にたどり着きました。

駐車場からなだらかな坂を上り展望台に向かいます。

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コンクリートの壁面には「母なる地球、母なる岬」の文字と、そのことを表現するデザインが。
素朴な言葉と描画ですが、優しさが感じられてホッとします。

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この日は景勝地を訪れるにはまずまずの天気、岬の突端とその先に広がる海、そして水平線。
ここの海抜は147mです。それはそれは素晴らしい眺めでした。

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ちなみに、この岬の名前はアイヌ語の「ポロ・チケプ」(断崖、の意)に由来するそうで、
それが訛って「チキウ」、これに地球という文字を当てて地球岬としたのだそうです。

2014.9.22撮影 室蘭市・地球岬

by commonp | 2014-10-25 01:29 | 写真・カメラ

うどう沼公園に来てみる

夜になって車に乗り込み、プチとも言えないドライブで10分もかからずうどう沼公園へ。
うどう沼はもともと農業用のため池でしたが、周囲の宅地開発によりその役目を終え、
2002年に市の公園として整備されました。

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地域一帯が宅地として隈なく開発されている一方、沼の周囲にはちょっとした森もあります。
沼を一周する遊歩道もありますが、住宅地に囲まれているとはいえ、真っ暗ではちょっと入って行けませんでした。

2014.10.19撮影 仙台市青葉区・うどう沼公園

by commonp | 2014-10-22 00:42 | 写真・カメラ

探訪白石 - 子安観世音の碑 2

子安観世音の並びにもいくつか石碑が立っています。

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上の写真は、左上は馬頭観世音で年代は慶應二年(1866年)、右上は山神碑で年代の表示はありません。
左下は庚申塔で明和九年(1772年)、右下は己待供養塔で元文四年(1739年)とあります。

江戸時代になると庶民のあいだに観音や地蔵への信仰が盛んとなり、こうした路傍の石仏が増えていきました。
地域のご先祖達が石碑を建てている場面を思い浮かべ、しばし佇みます。

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あっという間に日が落ち、どんどん暗くなってきました。
考えてみるとこの辺りには明かりがありません。車のおいてある片倉家廟所入口まで、急いで戻ります。

今回の探訪シリーズはこれにて、ひとまずお終いです。

2014.9.28撮影 白石市・子安観世音の碑

by commonp | 2014-10-19 08:29 | 写真・カメラ

探訪白石 - 子安観世音の碑 1

むまくやうの碑から七ヶ宿方向にさらに進み、子安観世音の碑を目指します。
片倉喜多の墓入口からは400m、片倉家廟所入口からは600mというところ。

碑は国道から田んぼ1枚中に入った畦道上にあり、あずまやに収められています。

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正面に来ますと、子安観世音が胸に赤子を抱え、慈しみの表情を浮かべておりました。
子安観世音は安産をかなえ、幼児の無事を守るとされている菩薩です。

右手に持っているのは未開蓮、閉じた蓮の花のようです。

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碑面に刻まれた時代は、安の文字と、政の文字の右側の旁(つくり)、五の文字、
さらに十干の戌が確認できたことから、安政5年(西暦1858年)になるかと思います。

気が付くと辺りは随分薄暗くなっていました。どうりでシャッタースピードが上がらない訳です。

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2014.9.28撮影 白石市・子安観世音の碑

by commonp | 2014-10-17 02:34 | 写真・カメラ

探訪白石 - むまくやうの碑

むまくやうの碑は、片倉喜多の墓の入口から七ヶ宿方向に数十メートル行った国道沿いにあります。
9/15にこの辺りを訪問した際には見学しなかったのですが、9/28に改めて見学に訪れました。

左側の歩道をテクテク歩いてゆくと、反対側の道の脇に石碑と標柱を発見。

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碑面にはひらがなでむまくやうとあります。むまくやうとはどうも馬供養の意味のようです。
時期として寛政元酉、二月九日と刻まれています。寛政元年の干支は己酉、西暦にして1789年。

220年以上も昔、農耕や山仕事、荷駄のために多くの馬が飼われていたことでしょう。
馬も家族の一員であれば、供養碑が立てられるのも然るべきことと思われます。

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それにしてもこのむまくやうの碑、脇に標柱こそありますが、説明板がないのが惜しいです。
また、石碑が国道スレスレに立っているため、車が怖くて近くでじっくりと見ることができません。
ここはぜひ、十分な見学スペースの確保と、説明板の充実を望みます。

さて、付録的なお話になりますが、下の写真は片倉喜多の墓とむまくやうの碑の間で発見した階段。
おそらく片倉喜多の墓へと続いているのではないでしょうか。
この時は、激しく草木に覆われとても上ってみる気はしませんでしたが、晩秋・初冬ならアタックできるかも知れません。

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2014.9.28撮影 白石市・むまくやうの碑

by commonp | 2014-10-14 01:27 | 写真・カメラ

探訪白石 - 田村の墓 2

木々の間を縫うように、石畳の小道を進みます。

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すると程なく、二十基ほどの墓碑に囲まれた広場の前に出ました。
その前面には、田村清顕公の墓と書かれた標柱が立てられています。正面奥のひときわ大きな墓碑が清顕のもの。

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田村家は現在の福島県中東部に位置する奥州田村庄を領する戦国大名で、
清顕は当時米沢を領した伊達家との盟約関係を強化するため、娘の愛姫を正宗に嫁がせました。

大河ドラマ独眼竜正宗では、愛姫の少女時代を後藤久美子が、成長して後を桜田淳子が演じています。
でも、私は片倉喜多を演じていた竹下景子が好きでした。

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清顕の死後、田村家は甥の宗顕が当主となりますが、豊臣秀吉の奥州仕置により改易され、
その後宗顕は片倉家の白石城下で隠棲します。

ちなみに、宗顕の子の定広は片倉喜多の家名を継ぎ、片倉姓を名乗りました。
この地に田村家の墓があるのも、この辺りの事情が関係しているのでしょう。

2014.9.15撮影 白石市・田村の墓

by commonp | 2014-10-10 00:55 | 写真・カメラ

探訪白石 - 田村の墓 1

片倉喜多の墓を過ぎ、石敷きの小道をさらに進みます。この先に田村の墓があるのです。

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急に林が切れ、広い駐車場にでました。左に片倉喜多の墓、右に田村の墓の標識が立っています。

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この駐車場は迂回路で国道とつながっており、片倉喜多の墓へも田村の墓へも至近です。
しかし、私が来たように国道脇から階段で上ってくる方が、観音堂などもありますし、雰囲気は感じられると思います。

標識に従い、階段を上り田村の墓に向かうことにします。

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目的地に到着しないまま、申し訳ありませんが続きとさせて頂きます。
眠くてもう、困憊です・・

2014.9.15撮影 白石市・田村の墓

by commonp | 2014-10-09 01:56 | 写真・カメラ

探訪白石 - 滝の観音堂・片倉喜多の墓 7

観音堂左横の斜面を上ると、石段の先に片倉喜多の墓が見えます。
石段に使用されている石材は整った形には加工されておらず、自然石に近い感じです。

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喜多は片倉家初代景綱の異父姉、伊達正宗の乳母でもありました。
大河ドラマ独眼竜正宗では竹下景子さんが演じていましたね。DVDを観ましたが、よかったです。

墓の柵の一本には大正四年十月十四日造営と刻まれていましたが、
台石の後ろの苔むした岩が、元々の墓石なのではないでしょうか。

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墓に供えられていたのは生花で、昨年訪問した時にもお花や、ほかにお茶なども供えられていました。
心なしか、私の様な通りすがりにも、故人の冥福を祈る気持ちが伝わってくる様です。

墓の裏手は林地となっており、少し空いた敷地にはたくさんの墓碑がありました。

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墓碑銘には童子の文字も見え、子供のものもあるようです。

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この墓碑の一つ一つ、その一人一人の人生は一体どのようなものであったのか。
ぜひとも、実際にお会いして話を聞いてみたいものです。

2014.9.15撮影 白石市・滝の観音堂・片倉喜多の墓

by commonp | 2014-10-08 01:32 | 写真・カメラ